人口13億人の中国には、1億人もの精神病患者がいるとされる(当局発表)。しかもその数は増えつつある。多くの人にとって、社会の急激な変化が耐えがたくなったためとされている。医学的な理由でなく、政策や体制に反発・反抗する「異常な振る舞い」をしたとして精神病院に収容される人も多いと言う。そんな精神病院に収容されている人の実態を、ワン・ビン(王兵)監督が入念に映像にした。ドキュメンタリー映画『収容病棟』だ。東京で28日、一般公開が始まる。愛知、京阪神、九州、沖縄など全国計18カ所で、公開の予定だ。
舞台は中国最南部の雲南省にある「社会から隔離された精神病院」とされている。どのような経緯で撮影が可能になったかは不明だが、4時間近くに及ぶ映像で「精神病院に収容されている人々」の真実を写しつづける。愛とは何なのか、真実は何なのか、そして正常とは、異常とは何なのか。画面の進行とともに、見ている者の心から「常識的な線引き」が次第に消えていく。
ワン・ビン監督は「撮る者と、撮られる者、そして見る者」の境を消し去る作品で知られている。『収容病棟』でもこの「ワン・ビンの距離」は見事に発揮され、見る者は意識することもなく「鉄格子の中に招き入れられる」ことになる。スクリーンのこちら側とあちら側の仕切りはなくなる。それこそが、この作品が「人とはいかなる存在なのか?」という、人にとっての「究極の問いかけ」の答えに迫る作品となった所以だ。
本作品では精神病院内での日常や騒ぎ、そして一時帰宅を認められた患者を追うことで、患者と家族の生活の実情を映し出している。自由を奪われても愛を求める人間の本質を示す。「だれも聞こうとしない人の声を、静かに、そしてしっかりと耳を傾けようとするワン・ビン監督の姿勢は、いつもながらだ。
率直に言って、商業的に大きな成功を収める作品とは思えない。しかしこの作品に接した人は、自分の心のどこかが、見る前と後で決定的に違ってしまったことを実感するだろう。東京における公開は28日(渋谷区渋谷 シアター・イメージフォーラム)。配給はムヴィオラ。その他、神奈川、群馬、愛知、三重、大阪、京都、神戸、長野、新潟、山口、岡山、広島、福岡、大分、沖縄と全国18カ所の劇場/会場での公開が予定されている。配給元のこの作品に対する熱情に、敬意を表したい。
ワン・ビン監督は1967年生まれ。幼少のころ「飢餓による移住」という経験もしている。極めて苦しい生活の体験が、ドキュメンタリー作品を撮り続ける大きな原動力になっているに違いない。1999年に撮影に着手したドキュメンタリー作品『鉄西区』は2003年の山形国際ドキュメンタリー映画祭グランプリを受賞し、リスボン、マルセイユの国際ドキュメンタリー映画祭、ナント三大陸映画祭などでも最高賞を獲得した。『収容病棟』は、2013年ヴェネチア国際映画祭の特別招待作品。ナント三大陸映画祭では「銀の気球賞」を受賞した。サーチナ 記事より